長州力、引退後にプロレスラー育成計画「物好きが来るかもしれない」…12・28後楽園「POWER HALL2018イヤー・エンド・スペシャル」

来年夏に東京で引退試合を行うプロレスラー長州力(67)がこのほど、「WEBスポーツ報知」の取材に応じ、引退後のプランなど今の心境を明かした。
長州は28日に後楽園ホールでファイナルロード第一弾でプロデュース興行となる「POWER HALL2018イヤー・エンド・スペシャル」に参戦する。同大会では藤波辰爾、マサ北宮と組んでNOSAWA論外、葛西純、清宮海斗と対戦。その後は、現時点では、ふるさとの山口県、宮古島、そして夏に予定する引退試合まで残りは4試合となっている。
引退の決断は、以前から考えていた。
「数年前から考えてましたよ。ここ2、3年は自分でもけじめが付けられなくて来ている部分があって、このままズルズルやっても仕方ないっていう…じゃぁ、どうしようかって考えてましたよね。そう考えている時に、“パワーホールをやりませんか”っていう話をもらって、これはもったいないっていうか、ありがたいっていうか。それで、ここまで来たんですよ」
自身のプロデュース興行「POWER HALL」は昨年1月にスタートし今回で3回目になる。この一年間、並行して他団体にも参戦してきた。
「こういう話をもらってどっかの団体に上がるのもしんどいし、何か起きた場合も困るし、少し元気なうちにリング降りた方がそのあとの自分も助かる。そういうことですよ。そんなに重く考えてこういう形になったわけじゃない」
長州力は12月3日に67歳になった。
「このままリングに上がっても何を表現するかって。ただ、上がって右腕上げていればもうそれで終わりっていうわけにはいかないし。実際、年と共に考えていることと体は一致しないですよ。視力も落ちてね。各団体のリングに上がるのが怖くなってきた。みんなサイスが違って早めに入ってリングで、あれするんだけど、大きさが違うんで走っても歩幅が合わない。小さかったら小さいでもう一歩踏み込むなとか、そうするともつれちゃう。やっぱり怖いなと思って、そういうところですよ。このままやってたらケガでも起きるような気がして。こればかりはいくらトレーニングしてもやるときはやっちゃうし、そんなところです」
新日本プロレス時代の1998年1月4日に東京ドームで引退試合を行っているだけに「もう、ボクは引退しているんです」と強調し今回も「ファイナルロード」、ラストマッチも「引退試合」あるいは「終焉」という表現を使って欲しくないのが本音だが、リングから下りる以上は、やはり「引退」という言葉を使わざるをえない。
「それは、しょうがないよね。こっちはあれでも、そっちはあれだからね。もう何でもいいですよ。何とでも表現してください」
ラストマッチの捉え方、表現は、大会を主催する広告代理店「リデットエンターテインメント」、あるいは、マスコミに委ねる考えを明かした。10月に同社の会長職に就任し、飯田橋の居酒屋「GINZA亭with長州力」の運営を任されている。その上で引退後の仕事も同社から相談を受けているという。
「10月1日からリデットに入ってますからね。自分ができることは一生懸命にやらせてもらいますっていうスタンスなんです。それで、最終的にパワーホールが終わったら、お店と今からやることがあるんで、そっち側をやります。これは、よかったなぁって思ってね。終わった後もサラリーマンのような会社の仕事で、一から新たに違う世界だけど、今からやることたくさんあるんですよ」
長州が明かした「そっち側」が新たな方向性だ。
「まず、第一にちびっこにアマレスを教えること。もうひとつは、勘違いされるかも分からないけど、会社でプロレスラーになりたいっていう選手を応募して、手を上げる人がいるんだったら教えていきます。ちびっこは、楽しみですよね。大学の後輩を2人ぐらい頼んで教えてもらおうと思ってますよ。幼稚園から小学校ぐらいまでで遊んであげるっていうか、そんな感じでレスリングの楽しさを伝えられればいいかなぁって思っています」
引退後は、リデット社が主催となり、子供たちへのアマレス教室と未来のプロレスラー育成を手がける。
「ただ、プロレスは荷が重いですよ。プロレスに基礎があるのか、ボクにも分からないし、ボクの教え方でいいですかっていう感じですよ。次の世代を教えてもどうなるって問題でもないし、どういう形にもっていくかいろいろあるし…。まぁ、それなりに好きでプロレスラーになりたいと思って来た場合は、受け身とか大事な部分から教えてあげたいですけどね。人数は、そんなにたくさんは教えられないから10人から15人ぐらいかな。もしかすると、物好きがくるかもわからないですよ。まぁ、今後は、そういうことをやっていこうということですよ。今、場所を探していますから、決まれば、そこでちびっこと選手育成を分けて指導していきます」
(取材・構成 福留 崇広)