朗報が飛び込んできたのは秋季キャンプで汗を流した後だった。もう肌寒さを感じる杜(もり)の都・仙台。「びっくりです。光栄なことだと思います。野球ばかりではなく、社会貢献を評価していただいたことは、素直にうれしいです」岩隈の端正な顔が、うれしさとともに熱を帯びた。
21勝、防御率1・87、勝率8割4分。投手3冠の圧倒的な成績でシーズンを終えた右腕は、常に「球場外でできること」もプロとしてのライフワークにしてきた。今年も大きな出来事があった。6月14日、岩手・宮城内陸地震が発生。当日、仙台市内の自宅で朝食中だった岩隈は、とっさに4歳のまな娘を抱きかかえた。家族と話し合い、その11日後に交流戦MVPに輝くと、賞金100万円全額を被災者に寄付することを決めた。
最初から熱心だったわけではない。きっかけは小さなことだ。「近鉄時代の02年でしたかね…」当時チームメートの門倉(現巨人)に誘われ、初めて児童養護施設を訪問。「本当に、誘われて子供たちと遊びに行ったという感じでした。でも、子供たちが本当に楽しそうな顔していて。子供は正直に表情に出るでしょ? だから、その1日の経験が自分を変えたというか…」右腕が“絆(きずな)”を意識した瞬間だった。
人と人とのつながり、絆。グラブに刺しゅうするほど好きな言葉だ。まどか夫人が結婚前に保育士を目指していた影響も大きく、恵まれない子供たちへの支援を惜しまなくなった。05年に楽天に移籍してから毎年、Kスタに年間シート10席を購入。養護施設の子供らを招待している。
「“ママ友”がきっかけ」というのは、タイに図書館が建った経緯だ。幼稚園に通う娘の同級生の母親が、紛争後の街づくりなどを応援するボランティア団体「ハビタットフレンズ仙台」を紹介してくれた。昨年から1勝につき10万円を寄付し、今年8月、スマトラ沖地震の被害を受けたタイの小島の学校に図書館が建てられた。
「図書館ができたのは、寄付の一部なんです。海外であっても、自分のやることで子供たちに勇気を与えることができるなら、これからも何らかの形で続けていきたいですね」小さな絆が海を越え、世界へとつながった。子供たちが見せる笑顔に、岩隈はプロとしての喜びを感じている。(広瀬雄一郎)
◆岩隈 久志(いわくま・ひさし)1981年4月12日、東京都生まれ。27歳。99年ドラフト5位で堀越高から近鉄に入団。01年5月29日の日本ハム戦で初勝利。04年に15勝2敗で最多勝、最優秀投手のタイトルを獲得した。05年、球団合併に伴い楽天に移籍。右肩痛など故障に悩まされたが、08年は両リーグ23年ぶりの21勝(4敗)を挙げるなど投手3冠。家族はまどか夫人と長女。190センチ、77キロ。右投右打。
◆選考経過
選考会の冒頭、佐山委員が〈1〉候補者が増え充実〈2〉活動内容が多彩〈3〉活動の対象が海外にも及ぶようになった―と、この10年で球界全体に社会貢献活動が浸透したことを高く評価した。
最初にリストアップされたのは17人。NICU(重症の新生児、未熟児を治療する施設)を支援している横浜・村田内野手、「夢の贈りバント」と銘打って1犠打ごとに野球用具を子供にプレゼントする日本ハム・田中内野手など、様々な活動実績が報告された。
17人の中から、貢献の長さなどを考慮して、楽天・岩隈投手、日本ハム・ダルビッシュ投手、巨人・阿部捕手、阪神・関本内野手の4人に絞り込んだ。
岩隈は、紛争や貧困で苦しむ世界各地を支援するボランティア団体「ハビタットフレンズ仙台」に協力。04年スマトラ沖地震の被災地には、岩隈の寄付による図書館も建った。ダルビッシュは「ダルビッシュ有 水基金」で開発途上国の水不足解消に尽力している。阿部は地元・千葉での福祉施設訪問、バングラデシュの子供たちへの文具支援協力まで幅広く活動する。関本は貧困撲滅に取り組む非政府組織「ONE」に自ら登録するなど、社会貢献に対する意識が高い。
この4人の中で、最もインパクトを与えたのが岩隈だった。「ここ数年、候補に挙がってきた。特にふさわしいのでは」(佐山)、「ロベルト・クレメンテは、ニカラグア地震の救済活動に取り組んでいた。同じように(宮城、スマトラの)地震の被災地を支援する岩隈さんは(第10回受賞者として)象徴的でもあるのでは」(加藤コミッショナー)と称賛する声が相次いだ。
また欠席した長嶋委員も文書で「本業の野球と社会貢献活動が一体となって、いまやライフワークの域に達してきたように感じます。長年の活動を顕彰することが、ゴールデンスピリット賞をもり立てることにもつながるのではないかと思います」と岩隈選出に賛同。最終的に全会一致で決定した。
◇選考委員(敬称略・順不同) 加藤良三(プロ野球コミッショナー)、豊蔵一(セ・リーグ会長)、小池唯夫(パ・リーグ会長)、長嶋茂雄(読売巨人軍終身名誉監督)、佐山和夫(作家)、小松崎和夫(報知新聞社社長)
◆ゴールデンスピリット賞
日本のプロ野球球団に所属する人の中から、積極的に社会貢献活動を続けている人を表彰する。毎年1回選考委員会(委員名別掲)を開いて、自薦、他薦で選ばれた候補者の中から1人を選定する。欧米のスポーツ界では社会貢献活動が高く評価され、中でも米大リーグの「ロベルト・クレメンテ賞」が有名で、球界での最高の賞として大リーガーのあこがれの的になっている。
日本では試合での活躍を基準にした賞がほとんどで、球場外の功績を評価する表彰制度はほかにない。いわば「球場外のMVP」。受賞者にはゴールデントロフィー(東京芸大・絹谷幸二教授作製のブロンズ像)と阿部雄二賞(100万円)が贈られる。また受賞者が指定する団体、施設などに報知新聞社が200万円を寄贈する。
◆阿部雄二賞 2001年4月9日、本賞を第1回から協賛しているサァラ麻布(株式会社サァラ)の代表取締役社長・阿部雄二氏が逝去。同氏は本賞の協賛をはじめ、長年にわたり財団法人報知社会福祉事業団、ユニセフ(国連児童基金)等に寄付を続けてきた。サァラ麻布は同氏の遺志として3000万円を報知新聞社に寄贈、同賞の充実、発展を希望。報知新聞社はその遺志を尊重し、長く後世に伝えるため「阿部雄二賞」を創設し、受賞者に特別賞として100万円を贈っている。